V.広告
@1960年代の広告
・1964年
・1965年
まだまだヘッドフォンはSR-1の時代である。アダプターはSRD-3の時代だ。アナログ関連も古い時代のものだが、汎用性を備えた近代的なUA-3の発売が予告されている。
・1966年
引き続きヘッドフォンはSR-1、アダプターはSRD-3の時代だ。アナログ関連ではUA-3の発売された。
・1967年
アダプターはオークションなどで結構見かけるSRD-5となった。ラウドスピーカーは中型のESS-4Aが加わった。この年の広告はあまり見かけない。
・1968年
ヘッドフォンはSR-1の後継機SR-3が登場。アナログ関連ではUA-3の改良型UA-3Nが発売された。前年と比べ多種の広告があった年だ。
・1969年
新製品がなかった年。そのわりには結構多種の広告があった年だ。
A1970〜1975年の広告
・1970年
ヘッドフォン関係には動き無し。アナログ関連ではUA-3Nからインサイドフォースキャンセラー標準装備のUA-7に変更、カートリッジもCPS-40EがCP-Xに代わった。なお広告ではUA-3ユーザー向けにキャンセラーの単体発売を予告しているが、実現したかは不明だ。CP-Xは「Xシリーズ」第一段と銘打っている。翌年のヘッドフォンSR-X、発振検波器POD-Xが該当商品なのだろうか?
・1971年
この年、ヘッドフォンの上位機種SR-Xが登場し、2グレード体制となった。SR-3もSR-X開発で得られた膜技術をフィードバックしNEWSR-3となる。また当時のメインの接続手段であるアダプターにも上位機種SRD-7が登場する。
・1972年
前年に登場したSR-Xが、もうMark-2となった。膜・導電物質・固定極・防湿膜の除去など、デザイン以外、中身は全面変更である。なお防湿膜は後の時代のモデルでは復活している。また今からすれば奇妙に感じるが、この年、もっともフィーチャーされたのは、コンデンサー・トゥイーターEST-205である。
・1973年
この年は新製品の動きはなかったようだ。見かけた広告はヘッドフォン関連のものばかりだ。「スピーカー不要論」と、刺激的なコピーが目立つが、管理人自身は、旧(株式会社時代)STAXの本質は、かつてのクォードのようなコンデンサー型スピーカーメーカ・メーカーでやっていきたかったが、商業上の都合でヘッドフォンを売り、半ばやせ我慢で「イヤ・スピーカー」と呼んでいたと、考えている。さもなくば、後にあれほどアンプに力を入れなかったはずである。
・1974年
この年の新製品は、普及タイプのアダプターSRD-6ぐらい。しかし開発中だというアンプが広告に登場している。そのうちパワーアンプDA-300は、無事、翌年デビューするが、プリアンプCA-300は、市販までいかなかったと記憶している。結局、本格的なプリアンプの登場は1978年のCA-Xとなった。
・1975年
この年は非常に新製品の多かった年であり、広告も複数の雑誌で合計13点も見つかった。ます主力であるヘッドフォンではSR-3がSR-5に、SR-XがMk2からMk3にモデルチェンジした。また同社では「普及品」扱いであるが、初のエレクトレット型であるSR-40(アダプターとセットでSR-44)がデビューしている。この機種は、後に同社のヘッドフォンで標準となる平行タイプのケーブルを最初に採用した機種だ。さらにドライブ手段ではSRA-10Sが登場し、アナログ関係ではカートリッジのCP-Xがtype2となった。なおSRA-3Sの終了で、真空管を使った製品はしばらく姿を消すことになる。また同社では初のパワーアンプDA-300がついにデビューする。
B1976〜1980年の広告
・1976年
ヘッドフォンはこの時期、小判型ユニットを使った新機種の開発中で表立った動きはない。ラウドスピーカーは1960年代半ばから続いていたESSシリーズからELSシリーズにモデルチェンジした。パワーアンプは早くも第2段(DA-80)が登場し、しかもモノラルバージョン(DA-80M)まで現れた。またこの年、初めてカラー広告を見かけた。横向きの広告が多かった年である。
・1977年
事実上のプリアンプSRA-10Sの改良機SRA-12Sが登場した。引き続きアンプ関連の広告が多い。アナログ関係では、前年に予告されていたUA-7の改良版、カーボン使用のUA-7/CFが発売された。またカートリッジのCP-XはCP-Yにモデルチェンジした。CP-Yは従来までの「純」コンデサー型ではなく、エレクトレットコンデンサー型である。デザインが一般的になり他社のアームでも使いやすくなった。
・1978年
従来の円形ユニットではなく、楕円形ユニットを使ったSR-Σ(シグマ)が登場した。待望の本格的なプリアンプCA-Xがついに登場した。非常にこった製品だが、同社自慢のはずのコンデンサー型カートリッジの入力回路を設けなかったことに、違和感を感じる。かつて、エレクトレットコンデンサー型カートリッジを普及させようとしたメーカーは、自社のアンプに内蔵したが・・・。ラウドスピーカーが4S/6Sから4X/8Xにモデルチェンジした。
・1979年
この年では、ドライバーユニットSRM-1がデビューした。当時、他社を含めてアンプのスピーカー端子に昇圧トランスを内蔵したアダプターでドライブするのが一般的であり、今日の礎となった製品である。またヘッドホン本体も現在の原型と言えるSR-Λ(ラムダ)が登場した。アナログ関係では当時の流行であるシェル一体型のストレートパイプのUA-9/90が登場した。
・1980年
この年から広告点数が減り始める。掲載回数の減少だけでなく、新規の製作も減り、同じ広告の複数使用でカバーする感じだった。ヘッドフォン関連では、スタンドが購入者プレゼントで登場している。現行品HPS-2の前のモデル、HPS-1とほぼ同じ物のようだ。アンプはプリ、メインともニューモデルが登場した。パワーアンプDA-100M、プリアンプCA-Yが登場。
C1981〜1985年の広告
・1981年
さらに広告点数が減る。メインの掲載媒体が月刊誌ではなく季刊誌となったことも影響したかもしれないが、旧会社の経営の悪化もあるのだろう。2点カラー広告があるが、見つけた範囲では最後のもの。ラウドスピーカーにELS-Fシリーズが登場。トーンアームで従来モデルの改良型UA-7/cfN・9Nが登場。同社最後のアームであり、広告に登場するのもこれが最後だった。
・1982年
この年が、長年続いた雑司ヶ谷時代の最後である。ヘッドフォン関係ではSR-40とΛ(ラムダ)の混血モデルSR-80が登場、パワーアンアではDA-100MのジュニアモデルDA-50Mが登場する。SR-80の改良型SR-80proは同社最後のエレクトレット型となり、DA-50Mは1980年代後半に超弩級アンプが登場するまで、同社パワーアンプの命脈をつなげた。
・1983年
この年の広告はスタックスとしては起死回生の商品、小型コンデンサースピーカーESTA4U関連ばかりである。個人的に1年足らずででた改良モデルを使ったことがあるが、魅力的だがいろいろ問題がある製品だった。磁気回路がないため、このころ話題になり始めたAV(オーディオ・ビデオ)用(*1)スピーカーとして押す広告めいた記事も見かけたが、とてもそうした用途にむくとは思えなかった。唯一のヘッドホンの広告は、いろいろな意味で貴重な資料。まず管理人が見つけた範囲で一般向けに580Vバイアス製品の発売(*2)を示す最初の広告であること。またSR-5Nが2ミクロン厚膜であることを示す資料であることである。
*1 当時のブラウン管テレビにスピーカーを近付けると、磁気回路の影響で画面にひどい色むらがでた。そこでキャンセリングマグネットを使った防磁スピーカーが増え、その傾向は2000年過ぎまで続いた。磁気回路のないコンデンサー型では色むらがおきないが、テレビと組み合わせるには大きすぎ、また力強い音がでにくいこの製品はとても向くとは思えない。
*2 SR-Λ(ラムダ)PROの完成は1982年といわれており、そのころ高城重躬(たかじょう・しげみ)氏がエッセイで取り上げたり、江川三郎氏が記事を書いたりして、知る人ぞしる存在ではあったが、カタログに掲載されないモデルであった。(カタログ掲載は1986年2月版から。)
・1984年
エレクトレット型の新機種SR-30が登場する。SR-Λ(ラムダ)PROの初の単独広告では、580Vバイアスを「ハイ・バイアス」と呼んだり、膜厚がノーマルモデルと同じ2ミクロンだったりと、過渡期である様子が伺える。またコンデンサー型スピーカーキッドの広告の片隅で1980年代後半、スタックスが力を入れた線材の発売がアナウンスされている。
・1985年
1960年のSR-1発売から25年目にあたるこの年、580Vバイアスのプロフェッショナルシリーズを全面に押し立てた攻勢にでる。しばらく広告掲載がなかった月刊誌でも広告展開したようだ。SR-α(アルファ)PROとSR-X/MK-3PROが登場し、SR-Λ(ラムダ)PROも1.5ミクロン厚膜に改められた。しかし、その一方で広告の片隅に人事募集が何度かのった。
D1986〜1990年の広告
・1986年
前年とは一転し、この年見つけたのはCDプレイヤー「QUATTRO」の広告1点のみ。他は前年のものの再掲載で済ませていたと記憶している。「QUATTRO」はヤマハ製のCDプレイヤーに自社製のD/Aコンバータを合体した製品。
・1987年
580Vバイアスのプロフェッショナルシリーズの第二次攻勢の時期。ポータブル型ドライバー(SRD-X
Professional)と、SR-Σ(シグマ)
シリーズの追加、SR-Λ(ラムダ)シリーズの新作、SRA-3S以来の真空管使用ドライバーSRM-T1の登場などである。技術的には同社史上最薄の1ミクロン膜を全面にアピールしていた。わざわざ当時の現役機種すべての膜厚を書いたほどだ。しかし1ミクロン膜の機種SR-Σ(シグマ)Professional/SR-Λ(ラムダ)Signatureは1990年代には1.5ミクロン膜に改められた。また不思議なことに超弩級パワーアンプDMA-X1の単独広告は見当たらない。
(注)ダミーヘッド録音のCDは「Audio/STAX」ブランドで国内販売も予定されており、一時はカタログでも紹介されていた。しかし、アメリカのレコード会社「STAX」が存在し、先方よりクレームが入ったため、国内での有償販売は中止されたそうである。
・1988年・1989年
比較的好評だったデジタル関連の新製品2点が登場。CDプレイヤー「QUATTROU」とDAコンバーターDAC-X1tである。ヘッドホンではSR-α(アルファ)PRO
Excellentが登場した。
・1990年
イヤ・スピーカー30周年の年。DMA-X1のジュニアモデル、DMA-X2が登場。ジュニアモデルといってもモノラルで1台850,000円の代物である。比較的コンパクトなアンプを純正とするイギリスのクォードと比較して、正直、これほどのアンプでなければいけないのかと、個人的には思っていた。
E1991〜1995年の広告
・1991年
SR-80MXの広告は、エレクトレット・コンデンサー型としては最後の広告であろう。DAコンバーターの第2段DAC-TALENTを推す広告が目立つ。
・1992年
ヘッドフォン関係では、SR-Λ(ラムダ)Spritが登場した。1万円台からせいぜい2万円ちょっとだったエレクトレット型+アダプターから、前年のSR-80MXを経て、Λ(ラムダ)のベーシックモデル+簡易ドライバーヘ、エントリークラス商品の大変更である。ラウドスピーカーでCLASSmodel2がデビューした。この年の広告の上段左から3枚目・4枚目は、見開き広告である。相当力を入れたかった製品だったのであろう。
一方で1988年に続き、再び人員募集広告が登場した。前回よりさらに募集範囲が広がっている。
・1993年
ヘッドフォン関係では、SR-Ω(オメガ)の発売予告広告がでた。1971年のSR-Xの予告広告を模したものだ。好評だったらしいDAC-TALENTの改良機、DAC-TALENT
BDが登場。ただしカタログを見るとモノクロであり、会社の内情をうかがわせる。また、まだまだ「定価」の概念が一般的で、値引きは販売店が行うものだったにもかかわらず、セット売りでのメーカー自ら行う値引きキャンペーンが始まったのがこの年である。またキャンペーンの活発化で広告のバリエーションが増えた。
・1994年
SR-Ω(オメガ)の広告や、現在のラインナップの基礎となるLambda
Novaシリーズ登場もあるが、会社の苦しさが全面にでてきている。余剰部品整理としか思えないSR-5NBの発売も、在庫処分としか思えないSR-Λ(ラムダ)15周年セール・・・・
・1995年
「イヤスピーカー発売35周年記念キャンペーン」「ベスト・ステレオコンポ・グランプリ部門賞受賞記念特別セール」「『あなたも一度聴いてみませんか』キャンペーン」「T1特別さよならセール」、最後には「ヘッドホン下取りセール」である。セールは延長したが、その終了まで会社が持たなかった。唯一興味深いのはSR-001の広告。通常のアダプター・ドライバーとの接続用の変換コネクターが予定されていた。正直SR-003をあえて出すより、良心的な姿勢だと思う。
F1996〜2000年の広告
・1996年
1995年12月13日の午後、突然旧スタックス=スタックス工業鰍フ経営陣が、全社員に解雇を通知・創業の停止を宣言したらしい。その後、旧会社製品のサービス・修理の継続を条件に旧スタックスの商標・ロゴ・特許権を無条件継承した泣Xタックスが1996年1月22日に登記された。
・1997年
新会社となり、超弩級システム(SRM-T2/SR-Ω(オメガ))やΣ(シグマ)、DAコンバーターなどは姿を消し、残ったのはSR-001とLambda
Novaシリーズだった。
・1998年
新製品SR-007とSRM-007tが登場した。またSR-001は「MK2」となり、その派生モデルSR-003なども発売された。
・1999年
旧会社から継続していたLambda
Novaシリーズの後継機、SR-404Signature/303Classic/202Basicとなり、一部のアクセサリーを除き、製品の入れ替えが終了した。
・2000年